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愛が止まらない!映画フリークがお届けする #シネマフリーク “Shari”

長引く自粛生活の影響で、ストリーミングサービスなどを利用したおうち映画が主流となった昨今、映画館で最新映画を観る機会がぐんと減ってしまった。おうちで好きな時に観られる手軽さもいいけれど、臨場感抜群の最新作品をシネコンの最新鋭の設備で観たり、映画好きたちが集うミニシアターの空気に包まれるという何にも変えがたい鑑賞体験はいつまでも忘れずにいたいと思う。そんな映画フリークなライターによる、今劇場で観てほしい作品を紹介してゆく新連載「CINEMA FREAK」。


第五回は、日本最北の世界自然遺産、知床半島・斜里町で起こった摩訶不思議なできごとの数々を、ドキュメンタリーとフィクションの間で描き出した映画『Shari』。

  • タイトル:『Shari』
  • 監督:吉開菜央
  • 出演:吉開菜央
  • 配給:ミラクルヴォイス
  • 2021年製作/63分/日本
  • 10月23日(土)ユーロスペース、アップリンク吉祥寺他全国順次ロードショー
  • 9月17日(金)より新宿シネマカリテ他にて公開
  • 生命の音、自然の声に圧倒される度 ★★★★★
  • こんな人におすすめ・・
  • 他人の人生を覗いてみたい人/環境問題に関心を持つ人

日本が誇る世界自然遺産を有する神秘の地、知床半島。希少な野生動物が生態系を育むこの土地は、冬になると流氷とともに多くの観光客が押し寄せ、賑わいをみせる観光名所としても有名だ。そんな知床にある斜里という一つの町を舞台に、市井の人々の生活の様子や、変わりゆく壮大な自然の姿を美しく切り取った映画『Shari』が10月23日(土)より公開した。

本作は、カンヌ国際映画祭に正式招待された『Grand Bouquet』(2019) をはじめ、これまで身体表現を追求した多様な映像作品を手がけてきた吉開菜央が監督を務め、撮影は写真家の石川直樹が担当。石川にとって映画の撮影は、本作が初めての試みとなった。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

吉開と斜里との出会いは、2019年。石川らが主宰する、写真を通して知床の魅力を発信してゆくプロジェクト<写真ゼロ番地知床>のゲストとして招かれた吉開は、制作準備のために夏の斜里へと訪れた際に、その土地の持つパワーに魅了されたという。

中でも、大きな鍵となったのは鹿肉。食べたその夜は、眠れなくなるほどの強い興奮を覚えたと劇中でも語るその体験は、物語の心臓として象徴的に描かれている。吉開が聞いた斜里の自然の音や人々の声は、まるで耳元で囁くように、一緒に卓を囲むように、とても近くに感じる。サウンドアーティストとして活動する松本一哉が集めた斜里の声は、雪の音や流氷の音、風の音、動物たちの声、人々の声、人工的な音…といった多くの要素が混ざり合い、その中に生きる命が重なり、反響し、拡張してゆくような生なましさを私たちに感じさせる。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

さて、『Shari』とは一体どういう映画なのだろう。物語には、実際に斜里に住む六組の人々が登場する。羊飼いのパン屋、鹿を狩る夫婦、海のゴミを拾う漁師、秘宝館の主人、家の庭に住むモモンガを観察する人、そして子供たち。決して楽ではない環境の中、さまざまな想いでこの土地に住みつき、生活を続ける彼らの何気ない会話には、知床の自然への溢れ出す愛着や敬意とともに失われゆく環境への不安がおり混ざっている。そして、それらの感情を表現する第七のキャラクターが、現実の映像を抽象的な世界へと引き連れてゆく。それがポスターにも描かれている “赤いやつ”。いつか子供向け番組で見たような、愛くるしいシルエットながらも、時に獰猛で、鹿の血の匂いをまとった “赤いやつ” が、画面に現れると少し滑稽で、少し怖くて、ちょっぴり哀しくなる。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa

物語を誘導する吉開のナレーションは、いつしか自分を “赤いやつ” と語り、観客は全てが監督である吉開の視点であるとともに “赤いやつ” の視点であることにハッとすることだろう。そして、気がつけば自分もその視点の一人になっているのだ。年々減ってゆく降雪量、オホーツク海にたどり着く流氷は以前のそれとは比べ物にならないほど、少なく、すぐに消えてしまう。地球の裏側のオーストラリアでは史上最大の森林火災に見舞われ、バグダッドには雪がふった2020年の冬。その後の世界的な混乱は私たちも経験している通り。

それでも人は、熱がなければ生きてはいけない。それでも人は、雪がなければ生きてはいけない。

斜里に生きる人々は、その摂理を斜里で培った本能で感じている。人も獣も自然も向かうべき方向に、向かうしかない方向へともに進んでゆくことを。この映画はそんな命の姿を、“赤いやつ” という摩訶不思議な生き物を通して、圧倒的なスケールで私たちに教えてくれる。スピーカーから流れる鼓動が自分の鼓動と重なる感覚、心を熱くさせる瞬間が少なく感じる今こそ、ぜひ体感してみて欲しい。

©2020 吉開菜央 photo by Naoki Ishikawa