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真っ直ぐに、ストイックに -プロスケーター 中山楓奈-

真っ直ぐに、ストイックに
-プロスケーター 中山楓奈-

2021年9月18日。雲ひとつない青空の下、厳しい残暑を感じるこの日、「“The Camp” FREAK’S STORE」ではリニューアル1周年を記念して様々なポップアップや、イベントが行われていた。そのひとつが、スケートボードブランド〈ELEMENT SKATEBOARDS〉と契約するプロスケーターたちによる、子ども向けのスケートボードスクールだ。店内にあるミニランプで2回実施し、計20名以上の子どもたちに、石塚拓也さん、星野ハルトさん、BUCHIさん、中山楓奈さんの4名が、手取り足取りスケートボードを教えていた。

スクールが始まる前からミニランプで滑る石塚さん、星野さん、BUCHIさんに対し、中山さんはスケートボードに乗らず、物静かにスクールが始まるのを待っていた。東京オリンピックのスケートボード・ストリートで、得意技である「フロントサイド Kグラインド」を堂々と決めて銅メダルを取った姿を目に焼き付けたこちらからすると、その佇まいは少々意外だった。16歳にしてオリンピックメダリストとなった中山さんの素顔に迫ってみた。

大会で悔しい思いをして、練習にのめり込んでいきました
—スケートボードをはじめたきっかけを教えてください。
中山楓奈 9歳のときに、出身の富山県富山市に「NIXS」というパークができたことがきっかけです。それまでは週末になると必ず公園に行ってボール遊びなどをしていたのですが、飽きてしまったんです。そんな私を見て、元スケーターだった父がパークに連れて行ってくれました。歩いて行くには遠くて、両親に車で送り迎えしてもらいましたね。
—どんな風にスケートボードにのめり込んで行ったのでしょう?
中山楓奈 スケートボードを始めたばかりのとき、チクタクという技のレースが「NIXS」で開催されたんです。そのときは、3位か4位で、1位じゃなかったことだけを覚えています。そんなふうに、大会で悔しい思いをして、練習にのめり込んでいきました。毎日パークに通っていた時期もあります。
—初めてのストリートの大会の思い出を教えてください。
中山楓奈 10歳のときに出場した、石川県、新潟県、富山県、山梨県、長野県の5県共同開催の、ポイント制の大会のことです。自分なりに決めたい技を、前日も遅くまで泣きながら練習していたことをよく覚えています。
—憧れのスケートボード選手はどなたですか?
中山楓奈 アメリカのジェイミー・フォイ選手です。大きなハンドレールを乗りこなすハンマートリッカーとして有名ですが、どんなトリックをするときも安定して滑っているんです。とても基礎がしっかりしているからこそ、「フロントK」など難易度の高い技がとても綺麗に見えます。
富山市内を歩いていたりすると、声をかけられるようになりました
—アウトドア派のようですが、スケートボード以外に趣味はありますか?
中山楓奈 ずっと外で遊ぶのが好きだったのですが、最近は家にいることの方が多くなってきました。マンガを読んだり、アニメを観ることにハマっています。「コードギアス」や「FAIRY TAIL」など、私が生まれた年くらいからある少し古い作品がお気に入りですね。
—オリンピックでメダルを取ってから、周りの環境に変化はありましたか?
中山楓奈 富山市内を歩いていたり、ショッピングセンターにいたりしたら、声をかけられるようになりました。とても不思議な気持ちです。
—最後に、今日のスクール前に他の3選手のように滑っていなかったのはなぜですか?
中山楓奈 石塚さん、星野さん、BUCHIさんは、私がスケートボードを始めたときから、InstagramやYouTubeで見てきた選手です。映像を見て、真似したこともたくさんあります。そんな方々と一緒に滑るなんて、おこがましくてできませんでした。




取材を終えて思ったのは、「なんて真っ直ぐな人なのだろう」ということ。
悔しい気持ちをバネに、自分なりに上手に滑ることだけを考えて、ストイックにスケートボードに取り組む話を聞いていると、修行漬けの求道者のように感じた。そこに雑念はなく、ピュアにスケートボードが上手くなりたいという気持ちだけがあるのだ。そして、周りのプロスケーターへのリスペクトをとても大事にもしている。

そんな彼女が世界中の大会で、様々な姿を見せることを願いたい。マンガやアニメで息抜きをしながら、無理せず自分のペース、で。