ライブエンタメの近未来を映したオンラインフェス「SYNCHRONICITY2020」

FREAK’S STOREは今回、15周年を迎える都市型フェス「SYNCHRONICITY」の理念に賛同し、「SYNCHRONICITY2020 ONLINE FESTIVAL」とのコラボキャンペーンを実施しました。 緊急事態宣言が明けた現在も、観客を入れた開催には多くの対策が求められ、かつてのようなチケット・セールスを主とした興行を成立させる事は困難となっています。音楽コンサート業界では様々な試行錯誤が行われ、少しずつではありますが再開に向けた動きが始まっています。  

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未曾有の事態の中行われた、初の試み

4月に渋谷のライブハウス9会場で2日間に渡り開催を予定していたSYNCHRONICITYは、開催を目前にコロナショックにより中止を余儀なくされました。その後の緊急事態宣言という未曾有の事態の中、無観客オンラインフェスの開催発表と開催実現に向けたクラウドファンディングを開始し、7月4日に開催を迎えました。

PHOTO Kana Tarumi

渋谷O-EASTと新宿MARZの2会場を使用した1Day、そして無観客でのオンライン開催。加えて、無料でYouTube上で観覧が可能となり、YouTubeスーパーチャットやPayPal、公式オンラインショップによるドネーションでアーティスト出演料などの開催費用を募るという、そのどれもが初の試みとなりました。

サスティナブルな取り組みに共鳴したコラボ企画の実施

このSYNCHRONICITYは、「未来へつなぐ出会いと感動 – CREATION FOR THE FUTURE – 」をテーマに掲げ、グリーン電力で開催を行う都市型ミュージック&カルチャーフェスティバルとして開催を重ねてきました。コロナ禍によりライブハウスの廃業や営業自粛が続く中、ライブハウスの営業機会やスタッフの雇用を生み、音楽ライブを楽しむことを停止されたオーディエンスにライブを届けるという今回のオンライン開催。

これらのサスティナブルな取り組みに賛同し、SYNCHRONICITYとのコラボ企画としてFREAK’S STOREではインスタグラムアカウント(@daytona_international)にてプレゼント・キャンペーンを実施しました。

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オンライン開催ならではの演出も魅力

渋谷、新宿とリアルであれば成立し得ない2会場を、YouTube上に用意した2つのチャンネルを行き来する事で、フェスならではのステージを選択する楽しみを実現しています。

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フェスのオープニングを飾った「渋さ知らズオーケストラ」のステージが始まる瞬間、大きく画面に映し出されたフェスティバル・ロゴは、失われていた音楽フェスの帰還を告げる美しく感動的な本フェスのハイライトの一つでした。 キャパシティ1300人というO-EASTのフロア全体を使った彼等の大編成ライブは、無観客ライブだからこそ可能な醍醐味を与え、ライブ配信になりオーディエンスの歓声を失う代わりに、チャット上で他の観客の感想を言葉として共有する事は、新たなフェスの連帯感さえ生み出します。また、リアルでは自身の目という一つの視点からしか観られない体験を、複数のカメラの映像をスイッチングして視点を切り替えて観せた事は、オンライン開催としての強度を高めた重要な要素として挙げられるでしょう。

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今後、フェスやライブがオンライン配信やキャパシティを削った条件付きの開催を求められていく中で、歓声を含め、熱気の共有を喪失してしまう事は大きな課題となっています。リアルのライブが持つ熱気であったり、ライブハウスの大音量やそれによる振動、そこでの出会いなどはオンラインで得難い事は明白です。その喪失をそのまま埋めようとしても、物足りなさを浮き彫りにしてしまうだけかもしれません。しかし、再現不能だからと言って、ライブ配信がリアルなライブに必ずしも劣るのでしょうか。

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SYNCHRONICITYでの画面越しである事を前提とした演出は、オンラインだからこそ実現可能なライブやフェスの楽しみ方を示してくれました。リアルタイムでのライブ配信と、収録映像の配信を織り交ぜたラインナップもその要素の一つと言えます。収録を織り交ぜる事で、ステージ転換が不要となり、転換時間0分でステージ進行をする事さえ可能となります。転換がなければそれだけ多くのライブをタイムテーブル上に落とし込むこともでき、ステージ間移動や体力の消耗がない為、2ステージであれば全てのライブを観ることも可能です。 なかなかリアルなフェスだと見落としがちなトークセッションも、今回のオンライン開催ではじっくりと聴き入った方も多いでしょう。奇しくも、コロナ禍によって主催者の開催に向けた想いや言葉は響きを増し、音楽業界の現在や今後に注視する目も強まっています。この事は、物理的には広がってしまったはずの主催者やアーティスト、オーディエンスの距離を縮める結果にもなったかもしれません。

PHOTO harutaaaaaaa

これまで当たり前に開催・出演・参加をしていた音楽フェスやイベントが直面した危機的状況は、それぞれの立場を自分ごととして考え始める大きなきっかけになったはずです。カルチャーやシーンの革新は、そんな時に起こるのかもしれませんし、かつてを越える音楽の楽しさや喜びさえ、もたらしてくれるかもしれません。

 

Text_Kazuhiro Yagihashi

“TENBOX × ChahChah × Lee Pipes” 90年代後半の記憶から広がる、新しいスタイルのBACK TO 90’s

サーフィン、旅、遊びと、自分たちのライフスタイルを服作りで表現するブランド<TENBOX>と<ChahChah>が、旅をテーマに展開するコラボレーション企画「LONG VACATION」の第二弾が、先日リリースされた。他には無い物作りを追求する彼らがこの度着目したのは、1997年にリリースされた<Lee Pipes>。BMX、スケートボード、サーフィンと、エクストリーム・スポーツが人気を呼んだ時代に、アメリカを中心に人気を博した同ブランドのアイテムを今に復刻。この斬新なプロダクトがFREAK’S STOREにて先日リリースされたことを記念し、TENBOXディレクターのPIGU氏、ChahChahディレクターのYUTA氏、そしてFREAK’S STOREメンズバイヤーの天沼に話を聞いてみた。

 

見た瞬間に「超90年代じゃん!」という感じで、すんなり自分の中に入ってきました

―2019年にリリースされた“TENBOX × ChahChah × Lee WESTERNER”のコラボレーション・アイテム以降の第二弾になりますが、今回は何故Lee Pipesを選ばれたのでしょうか?

YUTA:前作のWESTERNERの件でLeeへ打ち合わせにいった際に、ちょうどLee Pipesの復刻の展示会を社内でやっていたんですよ。そのときに、初めて復刻されたLee Pipesを見て、どちらからともなく「ヤバイね、これ!」という話になって。というのも、僕たちが90年代のカルチャーを通ってきた中に、こういったデザインのものが多く見られたんですよ。それで「懐かしいねと」という話になりまして、今回Lee Pipesで何かできればと思い始まりました。

―Lee Pipesの復刻を観て、当時の記憶が蘇った感じでしたか?

YUTA:そうですね。このパンツなんかはそうなんですけど、こういったナイロン製の海パンを履いてサーフィンへ行っていた時代だったりもするんで。この切り返しのデザインやカラーなんかが、見た瞬間に「超90年代じゃん!」という感じで、すんなり自分の中に入ってきました。

―PIGUさんはLee Pipesを知ったのはいつでしたか?

PIGU:当時は僕はこういう格好はしていなかったんで、別のルートでLee Pipesの存在を知ったんですよ。TENBOXを3年前にはじめてアメリカへ行くようになったときに、周りの友達の古着屋の人たちがLee Pipesとか、JNCOとか、90年代後半にバギーなタイプのパンツを出していたアメリカのブランドをバイイングするようになっていて、それで知ったんです。アメリカでは、90年代のサーフブランドとかがネクストヴィンテージと呼ばれていて注目されているんですが、それをヒップなビンテージショップでバイイングをしている。それが気になっていて、なんかやりたいなとはずっと思っていたんです。そのときにLee Pipesの展示会で観てすごくいいなと思ったんですね。でもそのとき自分としては、カリフォルニア発のイメージよりも、VOLCOMがアメリカ製で90年代に日本へ入ってきたときのことを思い出して。僕は2001年からアメリカに行っているので、僕の90年代はアメリカよりも確実に日本のカルチャーなんです。なので、その日本のカルチャーのような感じでやってみたいなと。

90年代後半、サッカーをやりながらサーフィンもしていたYUTAさん。当時はBOONや、Fineなどの雑誌を見て古着を漁ったり、そこで先輩たちがgoro’sをしていた姿に憧れて、goro’sを集めるようになったそうだ。

 

今回は日本のカルチャーとして、東京の面白さを発信できれば

―FREAK’S STOREよりリリースされるにあたり、メンズバイヤーの天沼さんはどのように今回のプロダクトを伝えていきたいなと思いますか?

天沼:FREAK’S STOREとしては、格好いいものを作るだけではなく、その背後にあるストーリーの提案や、人を感じられるようなモノ作りをしてお客さんへ伝えていきたいなと思っているんですが、前回の「LONG  VACATION(通称:ロンバケ)」という旅の中のストーリーの続きとして、Lee Pipesを通じてのモノ作りへの思いを紹介できればいいなと思っています。もうひとつは自分ごとになってしまうんですけど、’97年は僕はまだ中学生になっていない時期だったので、あまりファッションを気にしていなかったんですけど、当時はサッカー部の先輩から教えてもらったり、雑誌の中で見たこういった配色にインスピレーションを受けていたので、今回のプロダクトは懐かしくもあり新鮮だなと感じました。あの時代の日本を今の若い子たちは知らないと思うので、日本が生み出したミックス・カルチャーをプロダクトを通じて伝えることができたらいいなと思っています。

―確かに「Fine」や「BOON」など、90年代の雑誌を思いだしました。PIGUさんはいかがですか?

PIGU:海外のローカルカルチャーを発信していくのが、これまでTEXBOXがやってきたことなんですけど、今回は日本のカルチャーとしてやる感じですね。アメリカで始まったものなんだけど、そのとき自分たちは東京にいて、東京がすごく面白くてっていう感じだったんで。その頃の日本のギャルなんかは、世界的なカルチャーにもなっているし、そういうイケてるカルチャーがあるってことを若い人たちにも伝えられたらいいなと。あとたいてい90年代好きな当時を知る人たちは裏原を通っていると思うんですけど、僕は通っていないんですよ。で、こういう感じはファッション業界的にはダサいイメージがあったと思うんですけど、自分はそこに影響をものすごく受けているので、それを今Lee Pipesを通じてできることが嬉しいですね。

90年代後半当時良く聴いていたのは、浜崎あゆみのベスト盤。90年代の日本を語る上で欠かせない重要なアルバムとPIGUさんは捉えている。

 

―アイテムのご紹介をして頂けますでしょうか。まずはショーツの魅力からお願いします。

YUTA:Lee Pipesの復刻ラインで、インラインのショーツが作られていたんですけど、それを僕たちのライススタイルに寄せるためにデザインし直しました。当時のウォークショーツはボタンフライなんですけど、これは海パンとしても履けるようにレースアップにして、マジックテープ仕様にしました。今のサーフショーツってポケットがなくて、すごく伸びるような素材ばかりなんですけど、当時の海パンはポケットが付いていたのでバックポケットを付けて、海から上がってそのまま遊ぶぞ! みたいなそんなイメージのウォークショーツに仕上がっています。

PIGU:これ大人の事情で「海パン」とは言えないんですけど、海パンが欲しくて作ったんですよ。基本これを外で履く人がほとんどですけど、このノリのが今はないし、僕は海パンとして履こうと思っていて。水陸両用のパンツはよくあるんですけど、たいてい陸メインで水辺でチャプチャプするくらいの感じなんですよね。だけど、サーファーであればそのまま海パンで1日中海パンで過ごすことがあると思うので、それでタバコや携帯とかを持ち歩けるようポケットを付けたりしたんですよ。僕はこれまでに何度も言っているんですが、TENBOXでは何の為に作ったのかが重要なんです。リアルでないと絶対に残したくないし、それをファッションでやっているというか。

ネオンカラー、裾部分に縫製されたロゴ、スタイルは台形型と90年代ならではのデザインが魅力のパンツ。

 

―ジャケットに関して、どのようなイメージでデザインをしましたか?

PIGU:コーチジャケットとか、スイングトップみたいなサラっとしたものが好きで、それで2人で羽織を作るとしたら何がいいか話をしてこれができ上がりました。ジャケットに関しては当時のものがなかったので、まったくオリジナルで作りました。イメージは同じジャケットを着ている60年代、70年代とかのサーフィンのチーム。あとはこういう素材なんで、旅に行くときもシワを気にしないで着られるので好きですね。あと「ロンバケ」は旅をテーマに作っているんで、でかい内ポケットが2つ付いていて、ハンドポケットも付いていているので、これで手ぶらで行動できますよ、みたいな感じで作ってみました。

手ぶらで過ごすことができるよう、ジャケットの内側に大きなポケットを付けた。

 

今でいうわざとらしい加工ではなくて、90年代当時の感じが出ているかなと

―オーバーオールはいかがですか? YUTAさん担当かと思います(笑)。

YUTA:僕はオーバーオール大好きなんで、常にオーバーオールなんですけど(笑)。もともとオーバーオールは作業着なので、機能性を重要視した服なんですよね。で、こういうエクストリーム系のオーバーオールってこれまでにあまり見たことがなくて…その異素材のコンビだったり、バギーシルエットだったり。もともとガラケーを入れるポケットが付いていたのを、今回はiPhoneが入るサイズにしたり、ニーパッチもポケットにしたりと。僕だったら海に行くときにポケットにワックスを入れておくとか。そう考えると、なんか新しいオーバーオールなんですよ。パンツは結構ワイドなバギーですけど、女の子が着てもかわいいと思います。あとは今でいうわざとらしい加工ではなくて、ストーンウォッシュがそのまんまみたいな、当時のデニムのイメージが出ていて、それだけでも90年代の感じが出ているかなと僕の中ではしています。

デニムにナイロンという素材違いが魅力。時代に合わせiPhoneが入る大きさにポケットを進化させた。

 

―3つのアイテムを着こなすとしたら、提案はありますか?

YUTA:ルックでは、めっちゃ不良な感じで501の少しボロボロのデニムにタックインして、ジャケットを羽織るみたいなスタイルを提案したんですけど、当時はそういう感じではなくて、バギーパンツに合わせる感じだったと思うんです。だけど、今はなんか細身のパンツだったり、それこそスラックスだとか、そういうのに合わせるのも新鮮だなと思います。

天沼:当時っぽい配色で、一見カジュアルな感じなので、FREAK’S STOREが提案しているアメリカのカジュアルにはハマるかなと思います。それと、’97、’98年あたりは裏原が全盛期だったので、細身のスタイルが僕の世代では多かったんですね。なので、今日みたいに真っ黒な細身のスタイルに、あえてこのジャケットのような色物を合わせたら、少しモードに着れるので格好いいかなとか。

YUTA:僕自身は、こういったストリートのものをあえてウエスタンに合わせたりするのもいいなと思ったりしています。だけど、がっちりウエスタンだとやりすぎ感が出てしまうので、切りっぱなしのデニムにウエスタンブーツを履いて、Tシャツにジャケットを合わせて、あとは小物で仕上げていく。全体的にウエスタンな格好なんですけど、ジャケットはなんだかストリートだよね、みたいな。当時付けていたアクセサリーも、今のスタイルに落とし込んでみるのもいいかもしれません。

サーファーだったYUTAさんはAlohaや、VOLCOM、FLESH JIVEなどのTシャツにgoro’sのジュエリー、そして当時大人気だったOAKLEYのサングラスと、SHARKのウォッチを付けていた。

 

PIGU:僕も天沼さんに近い感じですね。足元はスニーカーを絶対に履かない。僕は革靴は基本ローファーなんで、ローファーに真っ黒いこれを羽織るみたいな。デニムも一切履かないんで、スラックスとか真っ黒なチノパンとか。それとジャケットの裾の部分をキュッと絞って、丸いシルエットにして着ています。着こなしでは、自分っぽいということを毎回意識しているんですけど、Lee Pipesというだけで足されていくので、他のストリートブランドとは合わせたくないですね。

―ご自身で買うとしたら、どのアイテムを買いますか?

PIGU:僕はジャケットとショーツのセットアップ。だけどセットアップで着るのはトゥーマッチな感じがするので、別々で着ます。

YUTA:僕はやっぱりオーバーオールですね。担当なんで(笑)。

天沼:これから暑い季節になるし、自分が持っていないという点ではショーツがいいですね。普段は<Patagonia>とか<Levi’s®>の切りっぱなしとかを着ることがあるんですけど、こういう艶っぽい色の感じのものは持っていないので着てみたいと思いますね。

ワイドなタイプのジャケットの裾を絞って着るのが、PIGU流の着こなし。

 

「LONG VACATION」同様、機能的なポケットを付けたりと実用性の高いコレクションになっているかと

―最後にアイテムがリリースされるにあたり、メッセージをいただけますでしょうか?

天沼:今日のインタビューを聞いて思ったんですけど、Lee Pipesがリリースされた時代を知っている人たちは、思い出しながら着てもらったら楽しんでいただけると思います。あとは男女性問わず、世代も若者から大人の方々まで対応出来ると思うので、是非このインタビューを思い出しながらFREAK’S STOREへお越し下さい。

YUTA:僕的には、懐かしいデザインから生まれたアイテムではあるんですけど、「LONG VACATION」同様、機能的なポケットを付けたりと実用性の高いコレクションになっていると思うので。それとこのネオンカラーに懐かしさを感じる人も多いと思いますが、逆に今新鮮なのではと思います。なので当時を知っている人には、今の感じに合わせて着てもらいたいですし、逆に若い子たちには、こういうのもあったんだって感じで着てもらえたら嬉しいですね。

PIGU:ジャケットに関して、夏は暑いから着てられないと思うんですけど、ショーツに関しては、お客さん的にも「暑いしな」「海パンだな」ってなると思うんですよ。でも確実に、秋口になったらジャケットも買っておけば良かったなってジワジワ感じると思うので。なんでセットアップで買った方がいいのではと思います。宜しくお願いします。

Text_Kana Yoshioka

THE NOVEMBERS『At The Beginning』新たな始まりに、願いを込めて。

THE NOVEMBERSが、通算8枚目となるニューアルバム『At The Beginning』を5月にリリースを果たした。前作『ANGEL』より、約1年。今作では、メンバーが尊敬の意を捧げるyukihiro(L’Arc-en-Ciel/ACID ANDROID)がシーケンスサウンドデザイン・マニュピレーターとして全面的に制作に参加。よって彼らのサウンドはさらにアップデートされ、新たなスケール感を描き我々の元にやってきた。変化を遂げた我々の生活やマインドにどう響いていくのか。新しい未来へ向け、このアルバムが我々の背中を押してくれることは間違いない。  

 

自分たちでは絶対に辿りつけない作品を作ることができるのではないかと、そんな信頼感があった

今作をどのような内容にしていこうと思い、制作をスタートされましたか?

小林祐介 昨年、『ANGELS』というアルバムを出したんですけど、アルバムを出した後に、『ANGELS』の世界感を拡張したライヴを1111日にやったんですね。そのときに、自分たちが試したことがいろいろとあって、その要素を次の作品に持ち込みたいなというシンプルな流れがあったんです。ライヴでは、『AKIRA』の「金田のテーマ」をカバーしてみたり、自分たちの曲とマッシュアップしたりしたんですけど、そこで得たライヴでの、フィジカルなお客さんと自分たちとのコミュニケーションや、グルーヴみたいなものがすごく良かったんです。それをきちんと作品に反映させて、より身体が乗れるといったら雑な言い方になってしまうかもしれないんですけど、自分たちがこれまでに試したことのないようなプリミティヴな、肉体的なリズムみたいなものをしっかり形に残していきたいと。それを形にしようということで制作を、昨年の12月にスタートさせたんです。

リズムとは、どのようなタイプのものだったのでしょうか?

小林 自分たちがそれまでやってきたリズムパターンなどのスタイルは、パターン化していたなと思えるようになってきて、『AKIRA』の「金田のテーマ」で実践したリズムというのが、いわゆる4つ打ちだったんですけど、それを機能的にどっかんどっかん鳴るということを実体験してみて、それが思いのほか楽しかった。少なくともあのライブ体験は僕にとっては初めてのことだったし、新鮮な驚きや喜びがあったので、知的好奇心的にチェレンジしてみようと。

今回、yukihiroL’Arc-en-CielACID ANDROID)をシーケンスサウンドデザイン・マニュピレーターとして迎えましたが、実際に一緒に制作されてみていかがでしたか? 

小林 僕は元からL’Arc-en-Cielのファンなので、いつかyukihiroさんとコラボがしてみたいなという希望はあったんですが、制作当初から依頼しようと思っていたわけではないんです。今作でそれをやろうと思ったのは、制作期間が折り返し地点くらいのタイミングでした。曲がだいたい揃ってきて、でも日々サウンドのアイデアが変わっていくような状況だった中、そのまま進めば前作の『ANGELS』をより拡張した形にはなるんですけど、良くも悪くもパート2になってしまうのではという感じがしたんです。そこで、yukihiroさんが自分たちの作品に力を貸してくれる可能性があることを聞きまして。自分たちの中では願ってもいないチャンスだったし、何よりチャレンジしてみたいという願いもあったのでご依頼しました。

今作に関しては、もう1人の強力なメンバーというか。

小林 yukihiroさんは、インダストリアルロックだったり、テクノだったり、ニューウェイヴだったりにとても造詣が深いんです。それらの音楽のスタイルをきちんとアナライズして、出力して、吟味して、検証して、練り上げていくというプロセスを丁寧に、慎重に踏む方なんですけど、僕はまだまだ本歌を理解できていないことに気づきましたね。yukihiroさんは、その当時の本物を聴いて育った世代の人だし、何よりも彼の知識量だったり、彼のスタジオにある本物の機材の存在を僕は知っていたので、一緒に制作したら自分たちでは絶対に辿りつけない作品を作ることができるのではないかと思いました。そんな信頼感があったので、思いきり委ねることができました。

アルバムタイトルについては、自分の中で日々更新されていく時期が続いた

実際にこれまでの自分たちの音は、どのように変化したと思いますか?

小林 良くなりました。いつもと違う手間暇をかけて作ったことで、僕たちの心持ちや、音に向き合う姿勢が変わってくる。今僕らがやっていることは、いいことなんだという空気を大切にして作品を完成させたし、そのプロセスを信じきって行き着いたという。精神的にも正しいことをした感じがあるんですよ。一緒に作った音楽だと思えたことが、何よりもすごく嬉しいんです。幸せでしたね。いいものができて良かった。

制作過程で、思い出深いエピソードはありますか?

小林 自分が曲を作るときのプログラミングだとか、いわゆる制作全般の手の動かし方だとか、すごく雑だったとことを思い知りました(笑)。yukihiroさんに素材を渡して、yukihiroさんの家にあるシンセサイザーで音を出力して、それを録音していくという順番なんですけど、ちょっとした些細なことを本当に極限まで1ミリの狂いもなく、一音一音やっていく。yukihiroさんの音への向き合い方が、自分とはまったく姿勢が違うと。僕は手早くぱっぱと効率よく、省エネ化できれば楽だなと思っていたんですけど、yukihiroさんは音にとにかく向き合って、正しいことをすることを大事にしている。それを見て背筋が伸びたというか、神聖なものに触っているというか。なので、音に向かう姿勢を学びましたね。

アルバムタイトルですが、実は最初は『At The  Beginning』ではなく、『消失点」だったとお聞きしました。なぜ、このタイトルになったのですか?

小林 最初は『消失点』は仮のタイトルで、ツアータイトルだったんですけど、yukihiroさんに携わってもらってから、自分の中で日々更新されていく時期が続いて、作品作りが後半になった3月半ばくらいに、なんかタイトル名が違う気がすると感じ始めたんです。もともと今回1曲目に入っている「Rainbow」を1番最後に持ってきて、「このアルバムはポジティヴなものです、ここから始まります」と僕らが宣言した上で何かを感じてもらえたらいいなと思っていたんですけど、世の中の状況が変わったり、自分たちの音楽がアップデートされていった中で、「いや、もうとっくに始まっている」ということを前提に作品を練り直したいという感じになったんです。収録曲に関しては変わらないんですが、歌詞が少し変わったり、楽曲のアレンジやサウンドデザイン、それと曲順だったり。自分の中でつじつまが合う形を唯一見つけられたのがこの形で、『At The Beginning』というタイトルをつけたことで、腑に落ちた感じです。

大切なことは「私の幸福」と、「私たちの幸福」の間を行き来すること

この数カ月、世間の状況も刻々と変化していた時期だったと思います。この時期にアルバムをリリースすることに関してどう思いますか?

小林 みんなが大変な時期なので、作品に対する自信はあっても大手を振って自分たちの作品を「お店に行って買ってください」とは言えない。今までお小遣いをもらえていたような子たちが、もしかしたらもらえていないかもしれないし、お店に行くリスクや、CDを買うという行為が、彼らの時間とお金を頂戴するということにも繋がるので、そこに対して責任をいつも以上に感じます。だけど、このアルバムに少しでも価値を感じたら、立ち寄ってみようという感覚で聴いて欲しいとは思いました。

メンバーの方たちとは自粛期間中、どんな話をされましたか?

小林 ミーティングをしながら雑談をしたり、みんな大変だから耐えなくちゃいけないときだなとか、大雑把な言い方になってしまいますが、そんな話をしていました。今、このバランスで無理やり体を捻じ曲げてでもどうにかしようとすることが、関係性や信頼性など、いろいろなことの調和を乱し兼ねない。それは、多くの人たちが痛感していることだと思うんですよ。今は、自分たちだけがどうにかなればいい、というマインドを捨てることから始めないといけなくて。1人勝ちをすることは長期的に見たら、信頼や信用を落としていくだけだろうと思うんです。だからまずは社会の一員として、みんなで良くなっていくにはどうしていけばいいんだろうっていう、建前的なことを再定義したり、大切にするタイミングなのではと。大切なことは「私の幸福」と、「私たちの幸福」の間を行き来することだと思うんですよ。で、その「私”たち”」というのは、誰のことを言うのか再定義の時期だったと思うんですね。

「私たち」ですか。

小林 「私たち」というのは、理想論で言えばなるべく大きい方がいいわけなんです。例えばこの植物はそれぞれ違うけど、葉っぱというところで見ると一緒っていう。そのイコールの概念を、せっかく人間に生まれてきたんだから全体主義とは別のやり方で、「私たち」「仲間である」、といった建前みたいなことを、言葉の外側、いわゆる社会システムの外側で、もう一度みんなが暗黙のうちに見直さないといけない。道徳観を見つめ直すということですね。今の差別問題とかもまさにそうだと思うんですけど、これまでの歴史は百も承知で、憎悪が個人対個人なのかと言えば、そうではなくて、そうならざるを得なかった社会構造をきちんと受け止めて反省しなくてはならない。だから、「世の中全てやり直し、右も左もやり直し」って、村八分のチャー坊の言葉があるんですけど、本当にそうだなって。やり直し。

僕らが生きている現実は、ありのままの現実ではなくて、社会現実

新型コロナウィルス自粛期間を過ごしてみて、何か自身に変化はありましたか?

小林 家にいなくてはいけない時間が多かったので、人との関わり方を思い返したり、何よりも勉強を改めてするいい機会になったので、いろいろ本を読んだり、考えごとをすることが多くなりました。

本はどんな本を読んでいたんですか?

小林 もともと読んでいた本をより深く追っていく感じだったんですけど、例えば老子とか、荘子とかの東洋思想だったり。あとはマイケル・サンデルの「これからの『正義』の話をしよう」を読み返してみたり、現代音楽家の武満徹さんの対話集を追いかけてみたり、マルセル・デュシャンなどのシュルレアリストの対話集を改めて読み返してみたりだとか。あとは短歌とか、詩だとか。自分の作詞に活かすことができそうな知識や、社会活動をしていくに当たって前提となるような歴史観などを勉強しながら、でもこれを本当という人と、そうじゃない人がいるから、どうしようとか。知れば知るほど、簡単に言えることが少なくなっていく現実はなんなんだろうとか考えたり。

東洋思想にも興味があるのでようですね。

小林 「一は全、全は一」的な話で、「私とそれ以外」が世界にはあるとして、それらは互いに転換可能と考えて、自分と世界を行き来することができる、柔らかい人間になるということなんですけど。稲穂や牛を見て“あれは未来の私の一部”と考えたり、近所に生えてる植物を見て“過去の自分の一部”と考えたりする。マクロな視点で見たら、それが紛れもない事実でも、普段はそんなこと考えないですよね?僕らは社会現実を生きているから。別の話をすると、例えば僕が、綺麗に消毒をした自分の手に唾を吐いて、それを自分の口の中に戻すことができるかというと、なんだか嫌だなと思ってしまうんです。さっきまで自分の口の中に何の抵抗もなくあったのにも関わらず、です。なぜ手のひらの唾を汚いと思うのか。それって論理ではなく、僕の感情や気分、社会の慣例や慣習からくる設定なんですよね。だから僕らが生きている現実は、ありのままの現実ではなくて、社会現実。社会が決めた概念という現実の中で生きているから、どんな論理で説明されたとしても無理なことがある。なので「一は全」と言うと、他者を受け入れたり、自分の外にあるものをどう捉えるかという話にもなってくるんです。違う概念で生きているということは、そういうことなんで。何にせよ、再定義のタイミングです。

最後にメッセージをいただけますでしょうか。

小林 お互い、1日1日良い時間を過ごして、またいつか、いい未来で、いい顔で会いましょう。

 


 

THE NOVEMBERS『At The Beginning』

MERZ/リリース中

 

THE NOVEMBERS OFFICIAL SITE

Text_Kana Yoshioka