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デジタルとアナログが交差する瞬間 -グラフィックデザイナー 河村康輔- 前編

先日販売された、漫画「キングダム」とのコラボレーションアイテムも記憶に新しい、グラフィックデザイナー 河村康輔氏。数々の作品が生まれたであろう、アートブックやフィギュアたちがうず高く積まれつつも、不思議と何か包まれている感覚にとらわれる彼のアトリエにて話を伺った。前編となる今回は、現在の作風へと至る経緯と彼の頭の中に迫る。

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元々ハードコアパンクとかの中で育っていたので、コラージュってものがすごく身近で

―まずは、現在のスタイルや手法にたどり着いた経緯を教えてください。

普通の切った方のコラージュで言うと、それもすごい簡単な話というか、結果、絵が描けないっていうところで。キャラを上手に描いたり模写はできてたんですよ、でもそこに集中しすぎるというか、オリジナルへの発展まで頭が回らないんですよ。別にその頃はアーティストとかそういうのはまだ考えてなくて、ただ単に描いたりするのが好きで描くんですけどトレース止まりというか。

広島出身なんですけど、地元のハードコアパンクのシーンにずっと居たので、友達に頼まれて革ジャンにバンド名を模写して描いたりバンドのジャケットをそのまま革ジャンにペイントするみたいなことはやってて。革ジャンなんで下書きとかもなく、本当にフリーハンドでダイレクトに描けるぐらいの模写の技術はあったんですけど、絵になると脳に余裕がなくなるというか、それ以上の展開やオリジナルという部分に持っていけなくて。

モノを作り始めるという時に元々ハードコアパンクとかの中で育っていたので、コラージュってものがすごく身近なものだったので、これだったら出来るなって。

ちゃんと始めた高校生の時とかに友達のバンドのライブのフライヤーとかイベントのフライヤーを作り始めた時は、まだパソコンが普及していなくてせいぜいワープロとかだったんですけど、うちはそういうものを使う家庭でもなかったので絵は写真や模写で描いたりしても文字は打てないじゃないですか。それで考えたのが、文字は当時のパンクバンドのジャケットを切り貼りしてっていうのでいけるなというのが始まりですかね。

その頃は自分はあくまでグラフィックデザインとしてやってるから、なんで“作品”って言われてるんだろう?って

―ハードコアパンクのコラージュからも影響を受けたんですね。

たまたまこのタイミングでグラフィックデザインという職業を知って、こういうビジュアルを全部総合してそういう職業だと勘違いしていたんですよ。今考えるとグラフィックデザインって幅が広いから、広告だったらディレクションして写真撮って、文字などをレイアウトでデザインするみたいな。そういう専門的な学校も出ていないので、ビジュアル全体を作るのがデザインの仕事だと思っていました。

東京に出てきた頃にMacやPhotoshopの存在を知って、絵が描けないからってことで写真を集めて切り貼りし始めました。それをやっていたら、所謂普通のグラフィックデザインとはまた違うじゃないですか。

高校生の時と同じで作業がただパソコンに変わってフォントでテキストを入れてロゴを作ってというのをその出来る範囲でその自分が作ったコラージュの上に乗っけてやっていたんですけど、20代前半のある時にグループ展に誘われたんです。結構なメンツが出ていたんですけど、その頃は自分はあくまでグラフィックデザインとしてやってるから、なんで“作品”って言われてるんだろう?と思って。

本当にそれぐらい知識が無かったんですよ。その人に聞いたら「いつも作ってるの作品じゃなかったの?」って言われて。結局その人たちは、僕の作っているものは、作品の上に文字を乗せているんだと思っていたみたいで。じゃあ文字を取ればいいだけならいけるよっていう話で、そこから作品作りに繋がっていきましたね。

アナログにハマってやっていると、色々な人に見ていただけるように

―デジタルとアナログで、制作する上での違いはありますか?

最初の頃はデジタルでコラージュをやって、アナログの切り貼りに変わっていったんですが、アナログの方が楽だったんですよね。デジタルだといくらでも拡大できるので、パスを切る時にすごく神経質になっちゃうんですよ。これはデジタルで細かく作業している全員に共通して言えることだとは思うんですけど。例えば別に一部分がちょっと削れちゃっていても、合成した時にそれが分かるのは自分だけじゃないですか。

アナログは手癖があるからカッターで貼って切っていけばいいのでめちゃくちゃ早かったんです。それまで逆だと思ってて、PCってやろうと思ったらいくらでもできるけど、意外とアナログでやるとそっちの方が早くて楽で、制限があるから逆にすごく面白くなっちゃいましたね。

アナログにハマってやっていると、有難いことに雑誌などで取り上げてもらったりと色々な人に見ていただけるようになって、初めての作品集を出すことになったんです。本を作る予算を伝えられて、カラーだとこのくらいのページ数、モノクロだとこのページ数ですって説明を受けて。初めての作品集ということもあってページ数を欲張って全ページモノクロにしたんです。自分の手元にまだ載せられるほどの作品の数がなかったのでざっくり計算して、自分が出せるMAXの数より多めに見栄を張ってページ数を言っちゃったんです。今は慣れてしまったので、変な話いくらでも作れるんですが、当時は1つ作品を作るのにものすごく考えてやっていたので、結果10ページくらい余っちゃったんです。

入稿の締め切りまで2週間くらい時間があったので1日1個作れば間に合うなとか思っていたら、初めての本ということもあって気合の空回りというか考えすぎて全然作れなかったんです。そのまま締め切り前日まで来てしまって、明日印刷屋さんが来る…間に合わないどうしようってなっていて、その時にぼーっと考えていたら、子供の時にやったキャラクターのぬり絵の砂かけ版みたいな砂絵を思い出して。それと同時にその頃間借りしていた事務所にシュレッダーがあるのを思い出して、本の構成を考える上で自分の作品を沢山出力していたので、それをシュレッダーに掛け、一度ゴミにして、余ったページにトビラとして、数字の01とか02って感じでステンシルを切って、スプレーのりをかけてそこに投げてってことを思いついて。

意味合いとしても“再構築”にもできるし、これはいいのを思いついたってことで、印刷屋が来る前日に用意したステンシルを持って事務所に行ってシュレッダーに掛けたら、超古いシュレッダーだったので縦ラインで出てきちゃって(笑)。

その瞬間もう絶望ですよね。シュレッダーを買いに行ってる時間もないしどうしようと考えつつも、短冊状に出てきてしまったモノを「マジやばい」とか言いながらなんとなく貼ってたら、アレ?これ柄になってて綺麗じゃん!これでいこうと思って、1時間で5個ぐらい作ったんですよ。それを作っている時に、これの隙間に自分のコラージュした絵を切り抜いて、交互に入れ込んでみたらいいんじゃないかなと思って試してみたらテレビノイズみたいで意外にも良くて。

その頃ちょうど大友(克洋)さんと知り合ってすぐのタイミングで、「今なにしてる?飯食ってるから来るか?」って連絡が来て大友さんのところに行って。その場に袋に詰めた例のものを持っていたのに気がついて、大友さんが「お前何持ってるんだ?」ってことでマジでやばかったんですよ、とか言いながら色々説明をして。「コレでなんとか凌いだんですよ」って今の原点にもなっているシュレッダーにかけ交互に貼っているものを出して見せたら、大友さんが「めちゃくちゃ良いじゃん。これすごいから表紙にしたほうがいいよ。」って言ってくれて。見たことがないものだったのか、自分が思っていた以上に反応が良くて。突き詰めてみたら面白いんじゃないって話になったんです。結局はそれが表紙になりました。


ー後編へ

河村康輔

1979年広島県生。東京在住。コラージュ・アーティスト、グラフィック・デザイナー。
ERECT Magazineアートディレクター。

06年、根本敬氏個展『根本敬ほか/入選!ほがらかな毎日』入選。様々なライブ、イベント等のフライヤーを手掛ける。雑誌 EYESCRAEM、WEB Designing、TRASH-UP!(根本敬氏と共作で実験アート漫画)を連載中。美術館、ギャラリー等で個展、グループ展に参加。サンフランシスコでの個展「TOKYO POP!!」を開催する。Winston Smithとのコラボレーション作品集「22Idols」、単独作品集「2ND」を刊行。
2011年よりイベント、フェスにて様々なミュージシャンとコラボレーションでライブコラージュを行う。
2012年、スイスのローザンヌで開催されているフェスティバル「LUFF」にて個展を開催。